第94回:ターミナル百貨店

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第94回:ターミナル百貨店

2006年8月27日

 日本独自のものとして発達した百貨店のビジネスモデルに「ターミナル百貨店」がある。日本が高度成長の滑走路を離陸し、経済大国への道をひた走り始めた頃、高度成長の流れに乗りながら百貨店も急速な発達を遂げる。

 昭和30年代になると、「戦中の遺産」ともいえる配給制度は解除され、国民全体が豊かさと便利さを求め、高級感のある百貨店の商品を求めた。交通インフラの整備、都市開発の流れに乗り、電鉄各社は終始発駅、あるいは主要乗換駅に駅ビルや百貨店を相次いで建設していった。鉄道会社系の百貨店が相次いで誕生したのである。これが「ターミナル百貨店」である。


 そして、このターミナル百貨店が庶民に豊かさや贅沢さを提供するようになったのだ。呉服店系の三越、高島屋なども一部の限られた富裕層だけではなく、大衆を相手にした品揃えを、より一層充実させていくのである。

一方、戦前まで日本の流通機構において、大きな支配力を有していた問屋の力は戦後、低下していく。問屋は各メーカーの販売代理機関のような位置付けにされる傾向も強まっていった。あるいは、問屋を活用しない「流通の中抜き」も行われた。

問屋の影響力低下の流れとは反対に、小売業は昭和30年代から戦後の高度成長のもとで、回復した消費熱を追い風に勢いを強めていった。ターミナル百貨店はうまくこの流れに適合し、沿線の新興都市の消費者層の支持を取りつけたのである。以後、百貨店は日本の流通業の中心的な役割を担い、石油危機まで百貨店の売り上げは年率で10%以上の高い伸びを示していたのであった。

※本記事はこれまでに「物流ウィークリー」本紙に掲載したものです。内容は記事執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります。
 

筆者紹介

鈴木 邦成氏(すずき・くにのり)

鈴木邦成 物流エコノミスト・日本大学教授
国際政治経済、国際文化に関する造詣が深く、記事・論文・著作多数。
欧米諸国の地域経済統合の流れを、物流・ロジスティクスの観点から追求している。
国際物流に関するセミナーやロジスティクスに関する講演会での講師歴は多数。

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