第376回:「快男児」の足跡

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第376回:「快男児」の足跡

2012年9月 3日

 八起会はボランティア団体だが、2枚看板で活動している。1枚は「倒産110番」を通して経営相談にのること、もう1枚は会員の再起を目指す勉強会である。勉強会は月に1回開くが、この三十余年間、1度も欠かしたことがない。内容は全員で一つのテーマを検討したり、ゲストを招いて講演を聴いたり、ときには会員に体験発表をしてもらっている。失敗例には貴重な教訓が含まれており、それを全員で共有し、2度と失敗しない糧とするためだ。


 先日も関東圏で金属加工業を営むAさんに体験発表をしてもらったが、聴き終えての第一印象は、「ここに一人の快男児あり」というものだった。海外へ雄飛するスケールといい、何度も倒産寸前に追い込まれながら、そのつど不屈の精神力と的確な判断力で乗り越えた実績といい、まさに快男児の足跡にふさわしいものだった。

 Aさんは「努力は人を裏切らない」と言った。その努力のあとをたどってみよう。以下はAさんの体験発表である。

 ――私は昭和12年、東京に生まれました。19年に地元の小学校へ入学しましたが、空襲が激しくなり翌20年1月、母の故郷・東京近県へ母と妹の三人で疎開しました。以後、そこでの生活が続き、地元の中学校を卒業したのは昭和28年です。ここで私は人生の最初の岐路に立ちました。進学するか社会に出るか、その岐路です。そして私の選んだ道は、その両方です。その頃、父は注射針製造の家業をしていましたが、私は日中だけ父の仕事を手伝い、夜は地元高校の定時制へ通うことにしました。もちろん、私が父の家業を覚えながら、夜学へ通うことを決心したのには理由があります。(Aさんが選択に迷ったあげく両立をめざした理由は次回に)

※本記事はこれまでに「物流ウィークリー」本紙に掲載したものです。内容は記事執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります。
 

筆者紹介

八起会 会長
株式会社ノグチプランニング 代表取締役 野口 誠一
電話番号:03-3835-9510(倒産110番) 
HP: http://yaoki.html.xdomain.jp/ 

野口 誠一 昭和5年 東京生まれ、日本大学卒業。
昭和31年 25歳で玩具メーカーを設立し、従業員5名・月商150万円でスタート。
わずか5年で従業員100人・年商12億円を売り上げるまでに成長させる。
しかし、ドルショックと放漫経営がたたり、昭和52年に倒産。自宅や工場などの全資産を処分して負債を処理し、会社を畳む。
翌53年、倒産経験者同士が助け合う倒産者の会設立を呼び掛け、『八起会』を設立。
弁護士や税理士、再起に成功した会員らが無料で電話相談に乗る『倒産110番』を開設。
再起・整理などの実務的なアドバイスや経験談を交えた人生相談を無料で奉仕している。
昭和59年 株式会社ノグチプランニングを設立し、再起をはかり、執筆活動や全国各地で講演活動を展開している。
平成28年2月18日 東京都内の病院にて逝去、享年85歳。

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