八起会・倒産110番

第305回:ニセ名刺で企業秘密を獲得

 窮すれば通ずというが、私の案じた一計はただの悪知恵にすぎなかった。さっそく「日本大学ゴム研究部部長 野口誠一」というニセ名刺をつくり、そこの社長に会いに行った。学生という身分をフルに活用、というより悪用したのである。社長は即座に会って話を聞いてくれた。

 「私たちは大学でゴムの研究をしていますが、生ゴムから原料ゴムにするプロセスがいまひとつのみ込めません。社長のところではどうなさっているのでしょうか。差し支えのない範囲でけっこうですので、指導していただけませんか」

 ウソがすらすらと出た。社長は私が学生ということですっかり信用し、さっそく工場長を紹介してくれた。その工場長もまた人の好さそうな男で、「学生さんですか。研究熱心ですねえ。こういうことは企業秘密になっているので、めったなことでは教えられないんですが...」と言いつつも、手取り足取り原料ゴムづくりのプロセスと、触媒の混合比率をとても丁寧に教えてくれた。

 私はさっそく、その「企業秘密」を持って近所のゴム職人のところへ駆け込み、「手間賃を2倍出すから、どんどんつくってくれ」とハッパをかけた。案の定、長靴は飛ぶように売れた。浅草あたりの小売店では、ひっぱりだこの状態だった。私は学生の分際で、瞬く間に分不相応の大金を手に入れた。そして、それをまた分不相応につかった。

 私が「ひょっとしたら、俺はとてつもない商才があるかもしれない」と、うぬぼれたことは言うまでもない。が、このとき、私の高慢体質と放蕩体質も形成されてしまったと言っていい。学生の身が詐欺まがい、産業スパイまがいの一計で大金を手にした罰というべきであろうか。この体質が以後、私につきまとったことは既述の通りである。 

筆者紹介

八起会 会長
株式会社ノグチプランニング 代表取締役
野口 誠一

【野口 誠一氏プロフィール】

昭和5年 東京生まれ、日本大学卒業。
昭和31年 25歳で玩具メーカーを設立し、従業員5名・月商150万円でスタート。
わずか5年で従業員100人・年商12億円を売り上げるまでに成長させる。
しかし、ドルショックと放漫経営がたたり、昭和52年に倒産。自宅や工場などの全資産を処分して負債を処理し、会社を畳む。
翌53年、倒産経験者同士が助け合う倒産者の会設立を呼び掛け、『八起会』を設立。
弁護士や税理士、再起に成功した会員らが無料で電話相談に乗る『倒産110番』を開設。
再起・整理などの実務的なアドバイスや経験談を交えた人生相談を無料で奉仕している。
昭和59年 株式会社ノグチプランニングを設立し、再起をはかり、執筆活動や全国各地で講演活動を展開している。

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