物流ウィークリーヘッドライン
私は東京生まれだが、戦時中は千葉県に疎開し、そこで高校を卒業した。さんざん親に反抗したあげく、19歳で家出して東京へ出た。昼間はアルバイトをしながら、日本大学の夜間部へ通った。その頃、日本もようやく敗戦のショックから立ち上がり、復興のエネルギーがふつふつと世に満ちていた。
そんな時代の雰囲気は、若者にも影響をおよぼさずにおかない。私は四六時中、「いつまでもこんな食うために働く生活を続けるわけにはいかない」「何とかひと山当てて大金をつかまねば」と、そんなことばかり考えていた。そしてある日、仲間から「長靴が儲かるらしい」という話を聞いた。
今でこそ雪国へでも行かないとお目にかかれないが、当時は物資不足甚だしく、長靴はおいそれと手に入るような履物ではなかった。そのうえ統制が厳しく、原料のゴムを持っているだけで罰せられた時代である。となれば儲からないはずがない。
私は即座に「よし、長靴でひと山当ててやる」とハラを固め、ただちに実行に移した。それまでアルバイトをしていたタンス屋を辞め、さっそく長靴やゴムまりをつくっている工場へもぐり込んだ。そして働きながら産業スパイよろしく、工場の隅々まで目を光らせた。
やがて長靴のつくり方とその工程はほぼわかったが、肝心の原料ゴムのつくり方がわからない。生ゴムに何か黒っぽいものを混ぜてつくるらしい、というところまではわかったが、その「黒っぽいもの」が何なのか、どのくらいの比率で混ぜるのか、そのあたりがさっぱりわからない。
私は焦った。しかし、一アルバイト学生が尋ねられるような事柄ではない。それが企業秘密に属するであろうことは、私にもうすうすわかっていた。そこで、一計を案じたのだが...。