物流ウィークリーヘッドライン
あわれと言うべきか、自業自得と言うべきか、私のはまった放蕩地獄は「呑む」「打つ」「買う」だけにとどまらなかった。最後にもう一つ「恥」を語らなければならない。それは「芸事狂い」である。
「経営者たる者、粋な芸の一つも身につけねば......」とばかりに、私は小唄、端唄、日本舞踊、果ては歌舞伎の真似事にまでのめり込んでいった。もうすっかりどこかのお大尽気取りである。
しかも、習うだけならまだ罪はないが、やがて病膏肓(やまいこうこう)に入ると、今度はそれを人に見せたくなる、見せて拍手してもらいたくなる。こうなると、もはや道楽の域を超えて、完全にビョーキである。
しかし、本人はビョーキどころか、免許皆伝の「芸」と信じて疑わないのだから、東横ホールや墨田劇場を借り切っての「発表会」となっていく。たかが素人芸に1日ン百万円もするプロ向けのホール、シアターの借り切りである。とてもじゃないが狂気の沙汰としか言いようがない。
ところが、演じる本人はいたって正気である。客の入りが気になってしょうがない。しかし、客といっても、その実態は義理と取り巻きで半分、その日に振る舞う酒と弁当で半分なのだからお笑い種である。そこまでしてド素人の三文芝居を見てもらいたい、拍手してもらいたいというのだから、救いようがない性と言っていい。
私はそこまで落ちた。が、心が病むとは恐ろしいもの、私は落ちれば落ちるほど高揚していたのだから、あわれなものである。
俗に「病みつき」と言うが、私のビョーキはどれをとっても深刻なものだった。が、本人にはまるで自覚症状がない。それどころか「経営者は人間の幅を広げなくては......」と信じて疑わなかった。いよいよ末期症状である。