物流ウィークリーヘッドライン
私は北海道へ帰り、弁護士にお願いして裁判所に和議を申請することにしました。そして債権者の方々に頭を下げる毎日が続きました。債権者のなかには「応援するから頑張れ」と励まして下さる方もいて、そのときほど人の心のやさしさを感じたことはありません。
いちばん辛かったのは、社員とその家族との団体交渉でした。それまでは社長と呼ばれていたのに、罵声を浴びせられ、責任を追及されました。当然のことです。憤慨してやめる社員もいましたが、なんとか半分の16人が残ってくれました。再建できたのも彼らのおかげです。感謝にたえません。
間もなく裁判所で債権者集会の日を迎え、ようやく和議の認可を受けることができました。平成6年11月に倒産して、事業を再開できたのは半年後の平成7年5月です。ゼロどころか、負債を背負ったマイナスからのスタートですから、それはそれは並大抵のことではありませんでした。
その年の暮れ、会長に年賀状を書きました。「野口会長のおかげで、八起会のおかげで、平成8年の正月を迎えられます。辛い毎日ですが、今年も1年、頑張ります」
和議が終結したのは10年後の平成17年です。3人の息子たちもなんとか大学を卒業させることができました。いまは長男と三男の2人が私を手伝ってくれています。ここまでこられたのも、妻や息子たちのおかげです。倒産して負債だらけの会社など、たとえ息子でも継ぎたくないはずなのに、2人は戻ってきてくれました。そして私がつくった借金のために、朝早くから夜遅くまで、汗まみれになって人の倍も3倍も働いてくれました。自分の息子とはいえ、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。もう2度と同じ過ちは繰り返したくありません。もちろん、息子たちにもです。