物流ウィークリーヘッドライン
スピーチのトップ・バッターは株式会社ナリテツ(北海道)の成澤正光社長である。以下は彼の生の声である。
八起会創立30周年、おめでとうございます。私ども倒産者の駆込寺として、30年も八起会を運営してこられた会長、会員のみなさまに、心より感謝と敬意を表したいと思います。ありがとうございました。
私は、北海道の釧路地方の小さな漁師町で、親子3代にわたって漁業関係の鉄工所を営む家の長男に生まれました。昭和21年生まれです。敗戦直後のわりには恵まれた家庭環境のなかで育ちました。親との約束でしたので、大学を卒業すると同時に北海道へ戻り、鉄工所の家業を継ぎました。経営のほうは、ほぼ順調に推移していました。
転機が訪れたのは昭和52年です。この年、漁業水域200海里が設定され、北洋のサケ・マス漁業は壊滅的な打撃を受けました。漁船の数が半分に減り、漁師町全体が不安に包まれました。私の鉄工所も同様です。
このままでは立ち行かなくなるということで、鉄骨工事の分野へ進出しました。それから10年、昭和62年頃には技術も向上し、大型工事もできるようになり、景気もバブルに入っていましたので平成元年に工場を拡張、生産設備を入れ替え、1億円以上の設備投資を行いました。
売り上げ目標を10億円におき、北海道の工場で製造した鉄骨を千葉、埼玉、群馬など関東へ納入しました。ときあたかもバブルとあって、鉄骨はとぶように売れ、業績もうなぎ登りに伸びました。しかし、やがてバブルがはじけます。あっという間に鉄骨工事が急減し、同業者間の受注競争が激しくなり、鉄骨価格は下落の一途をたどり、私の経営はまたたく間に赤字転落を余儀なくされてしまいました。