八起会・倒産110番

第263回:見切り発車で事務所設立

 たった2日間の「倒産110番」イベントだったが、その経験はすっかり私を変えてしまった。不眠不休で体は疲れきっていたが、心は言い知れぬ感動で満たされていた。

 無理もない。それまでの50余年間というもの、私は自分のエゴにかかずらうことはあっても、無償で人に尽くす、人の役に立つことはあまりなかったのだから。


 多くの相談者が涙ながらに「助かりました」「ありがとうございました」と言って電話を切る。その瞬間の感動と充実感は何ものにも換えがたいものがあった。

 私は人さまのお役に立てたことに感謝すると同時に、助けを待っている倒産者や倒産しそうな経営者が、あまりに多いことにもショックを受けた。これは是が非でも「倒産110番」を常設しなければならない。私はそう決意した。


 だが悲しいかな、わが家は6畳2間のアパートだ。私がその一間を占領すれば、家族は生活の場を失う。イベントのときも家族は隣りの一間に押し込まれ、昼夜を分かたぬ電話にろくろく眠れもしなかった。

 2日ぐらいなら我慢できても、それが毎日となったらノイローゼになるに決まっている。私は喉から手が出るほど「事務所」が欲しくなった。

 翌昭和59年、私は「八起会と心中してもいい。やれるところまでやってみよう」とハラをくくった。なけなしの資金に借金を重ね、ようやく上野に小さな事務所を借りた。それがいまに至る倒産駆込寺である。そこに「倒産110番」を常設し、いよいよ念願のスタートである。

 ただ、私は当初から、このスタートが見切り発車であることを自覚していた。当時、八起会の運営は、会員の会費(月500円)だけで賄っていた。が、事務所を構えたとなれば、到底それだけで賄いきれないことは明らかだった。

筆者紹介

八起会 会長
株式会社ノグチプランニング 代表取締役
野口 誠一

【野口 誠一氏プロフィール】

昭和5年 東京生まれ、日本大学卒業。
昭和31年 25歳で玩具メーカーを設立し、従業員5名・月商150万円でスタート。
わずか5年で従業員100人・年商12億円を売り上げるまでに成長させる。
しかし、ドルショックと放漫経営がたたり、昭和52年に倒産。自宅や工場などの全資産を処分して負債を処理し、会社を畳む。
翌53年、倒産経験者同士が助け合う倒産者の会設立を呼び掛け、『八起会』を設立。
弁護士や税理士、再起に成功した会員らが無料で電話相談に乗る『倒産110番』を開設。
再起・整理などの実務的なアドバイスや経験談を交えた人生相談を無料で奉仕している。
昭和59年 株式会社ノグチプランニングを設立し、再起をはかり、執筆活動や全国各地で講演活動を展開している。

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