物流ウィークリーヘッドライン
八起会が発足した昭和53年は、石油ショックに見舞われたところへ「列島改造」バブルがはじけ、長引く不況のなかで倒産1万8000件、自殺者2万人突破と、世相も経済もどん底だった。ちなみに年表で「昭和53年」を見ると、次のような項目が並ぶ。
・3月の完全失業者141万人。過去20年間で最高。(4月)
・不二サッシの過去5年間にわたる粉飾決算(430億円)が発覚。(5月)
・佐世保重工業救済の大蔵省原案がまとまる。(6月)
・警視庁が「サラ金被害」の実態を公表。〜8月までの間に自殺130人、家出(夜逃げ)1502人。(10月)
ざっと以上のような状況のなかで、私も前年(52年)に倒産を余儀なくされ、22年間続けた玩具メーカーの経営に終止符を打った。ときに48歳、つぶしの効かない年齢に達していた。倒産の原因はすべて、私の放漫経営にあったと言っていい。
そして家も土地も工場も、何もかも失った私は、家内と3人の子どもとともに6畳2間のアパートへ引っ越した。そして、虚脱感と無力感と、「死んだほうがラクかな」という思いが去来するなかで53年を迎えた。
何をする気もすることもなく、無為の日々が流れていく。新聞を開けば「倒産」「自殺」「一家心中」などの記事が目について仕方ない。
そんなある日、新聞を読んでいたら、精神科医だったか心理学者だったかは忘れたが、「自殺は孤独だから、話し相手がいないから起きるのです」とコメントしてあった。
私はハタと膝を打った。話し相手があれば自殺を防げるというなら、倒産者が集まって語り合うような場や機会をつくればいいではないか。そのアイデアがひらめくや、私はすぐさま行動に移した。