八起会・倒産110番

第255回:到底返せない借金の山

 絵画は総じて高価である。水びたしの損害はざっと見積もっても1億円を下らない。このままでは倒産必至である。Mさんは即座に保険会社に駆け込んだ。が、保険金は出ないという。いくら掛け合ってもラチが明かない。Mさんは途方に暮れるしかなかった。

 しかし、1億円の損害を画家や得意先にまわすわけにはいかない。画商の財産は信用である。その信用を失っては画商として生きていけない。といって、1億円なぞ到底ひっかぶれる金額ではない。

 思いきって債権者会議を開き、経緯を説明して、損害のいくぶんなりとも勘弁してもらおうか・・・、そんな考えも脳裡をかすめていく。が、それをやれば確実に画商生命は終わる。

 Mさんは「金」をとるか、「信用」をとるかの二者択一を前にして、迷いに迷う。信用をとりたいのはやまやまだが、その場合は倒産を覚悟しなければならない。いくら経営が順調でも、それなりに内部留保があるといっても、中小企業にとって1億円という金額はなまやさしいものではない。Mさんの迷いは二か月も続いた。そしてハラをくくった。

 好きでとびこんだ美術の世界である。好きでなった画商である。金ごときで永久追放されてはたまらない。守るべきは信用である。そのためには借金も倒産もやむなし、と決意した。

 決断後のMさんの行動は素早かった。手持ちの資金を掻き集め、金融機関から金を借りまくり、どうにか1億円の補填を完了することができた。

 が、不幸にもMさんの予感は的中していく。金融機関をかけずりまわっているときは、とにかく借りなければの1年だったが、借りたあとの借金の山を見れば、到底地道な画商で返していけるような金額ではない。ひと月後、Mさんは2度の不渡りを出し、倒産を余儀なくされた。

筆者紹介

八起会 会長
株式会社ノグチプランニング 代表取締役
野口 誠一

【野口 誠一氏プロフィール】

昭和5年 東京生まれ、日本大学卒業。
昭和31年 25歳で玩具メーカーを設立し、従業員5名・月商150万円でスタート。
わずか5年で従業員100人・年商12億円を売り上げるまでに成長させる。
しかし、ドルショックと放漫経営がたたり、昭和52年に倒産。自宅や工場などの全資産を処分して負債を処理し、会社を畳む。
翌53年、倒産経験者同士が助け合う倒産者の会設立を呼び掛け、『八起会』を設立。
弁護士や税理士、再起に成功した会員らが無料で電話相談に乗る『倒産110番』を開設。
再起・整理などの実務的なアドバイスや経験談を交えた人生相談を無料で奉仕している。
昭和59年 株式会社ノグチプランニングを設立し、再起をはかり、執筆活動や全国各地で講演活動を展開している。

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