八起会・倒産110番

第254回:保管商品が台無しに

 Mさんの業績は順調に推移していく。といっても、しょせんは画商である。通常の会社経営のように、突然新商品がヒットしてウハウハ儲かるなどということはない。

 絵画ブームが来たり去ったりはするが、おしなべて地味なビジネスと言っていい。それでも地道に10年も経営し続ければ、それなりに信用もつき、業績も安定していく。


 平成5年、Mさんは会社組織を美術、印刷、商事の3部門に分けた。そこまで成長したということである。さらに5年後の平成10年、その3部門を独立させ、別会社にした。Mさんは美術と印刷会社の社長を兼ね、商事会社の経営は奥さんに任せた。

 その頃が公私ともにMさんの絶頂期であったかもしれない。長男と長女が相次いで良縁に恵まれ、平成14年には古くなった自宅を建て替えた。Mさんは人生最良の日々のなかにあったと言っていい。が、好事魔多し。なんと、新築したばかりの自宅がMさんの人生を暗転させていく。

 Mさんは画家や画商仲間、得意先などから預かった作品を在庫として、会社のほか自宅にもかなり保管していた。それが、平成15年秋のある日、久しぶりに自宅へ帰ってみると、家中が水びたしになっていて、保管しておいた作品もことごとく水びたし状態になっていた。2階のトイレの水道管が破裂していたのである。

 作品は台なし、まるで売り物にならない。Mさんはその場にへたりこむしかなかった。

 その頃、Mさんは通勤が面倒で、週に1、2回しか自宅に帰らなかった。商事会社の社長をしている奥さんといっしょに、会社や近くのホテルに泊まり込む日々が多かった。要するに、自宅はいつも留守がちで、水のたれ流し状態は1週間近くも続いていたのである。万事休すである。

筆者紹介

八起会 会長
株式会社ノグチプランニング 代表取締役
野口 誠一

【野口 誠一氏プロフィール】

昭和5年 東京生まれ、日本大学卒業。
昭和31年 25歳で玩具メーカーを設立し、従業員5名・月商150万円でスタート。
わずか5年で従業員100人・年商12億円を売り上げるまでに成長させる。
しかし、ドルショックと放漫経営がたたり、昭和52年に倒産。自宅や工場などの全資産を処分して負債を処理し、会社を畳む。
翌53年、倒産経験者同士が助け合う倒産者の会設立を呼び掛け、『八起会』を設立。
弁護士や税理士、再起に成功した会員らが無料で電話相談に乗る『倒産110番』を開設。
再起・整理などの実務的なアドバイスや経験談を交えた人生相談を無料で奉仕している。
昭和59年 株式会社ノグチプランニングを設立し、再起をはかり、執筆活動や全国各地で講演活動を展開している。

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