物流ウィークリーヘッドライン
倒産の原因は千差万別だが、大きく括れば「放漫経営」に落ち着く。が、なかには堅実経営に徹しながら、倒産を余儀なくされる不運なケースもある。今回から、そうした一例を紹介しよう。
Mさんは昭和43年、大学を卒業すると同時に新聞社へ入社した。最初は東京で政治部に配属されたが、3年後に希望して文化部へ移った。それというのも、Mさんは美術が好きでたまらず、その方面の仕事を担当してみたかったからである。
以後7年間、彼は東京中の美術館、博物館、個展会場をまわり、美術に対する審美眼をみがいていく。そして入社10年目、地方転勤となった。
この転勤はMさんにとって絶好のチャンスとなった。地方には東京にない美術館や特徴ある展覧会があり、彼はいよいよ美術にのめりこんでいく。
何よりありがたかったのは、本業の記者の仕事が東京ほど忙しくないことだった。Mさんはヒマにあかせて近県にまで足を延ばし、ひたすら美術の鑑識眼や真贋を見分ける能力を養っていく。美術はMさんの人生を変えたと言っていい。その先は、もはや一本道である。
昭和58年、ついにMさんは念願の画商になった。37歳の若さである。
美術のビジネスは難しい。能力はもちろんだが、何よりも経験と信用が問われる。30代の若造が、いきなりとびこんで成功できるほど甘い世界ではない。が、Mさんには15年間の新聞記者時代に培った審美眼がある。鑑識眼がある。その蓄積は大きい。そして何より、好きでとびこんだ世界である。
好きこそものの上手なれというが、Mさんはたちまち画商の水に馴れて順調なスタートを切っていく。むろん、はじめは風呂敷画商に毛の生えた程度にすぎなかったが、3年目に入ったところで業績が上向きはじめた。