八起会・倒産110番

第253回:人生を変えた「美術」

 倒産の原因は千差万別だが、大きく括れば「放漫経営」に落ち着く。が、なかには堅実経営に徹しながら、倒産を余儀なくされる不運なケースもある。今回から、そうした一例を紹介しよう。


 Mさんは昭和43年、大学を卒業すると同時に新聞社へ入社した。最初は東京で政治部に配属されたが、3年後に希望して文化部へ移った。それというのも、Mさんは美術が好きでたまらず、その方面の仕事を担当してみたかったからである。

 以後7年間、彼は東京中の美術館、博物館、個展会場をまわり、美術に対する審美眼をみがいていく。そして入社10年目、地方転勤となった。

 この転勤はMさんにとって絶好のチャンスとなった。地方には東京にない美術館や特徴ある展覧会があり、彼はいよいよ美術にのめりこんでいく。

 何よりありがたかったのは、本業の記者の仕事が東京ほど忙しくないことだった。Mさんはヒマにあかせて近県にまで足を延ばし、ひたすら美術の鑑識眼や真贋を見分ける能力を養っていく。美術はMさんの人生を変えたと言っていい。その先は、もはや一本道である。

 昭和58年、ついにMさんは念願の画商になった。37歳の若さである。

 美術のビジネスは難しい。能力はもちろんだが、何よりも経験と信用が問われる。30代の若造が、いきなりとびこんで成功できるほど甘い世界ではない。が、Mさんには15年間の新聞記者時代に培った審美眼がある。鑑識眼がある。その蓄積は大きい。そして何より、好きでとびこんだ世界である。

 好きこそものの上手なれというが、Mさんはたちまち画商の水に馴れて順調なスタートを切っていく。むろん、はじめは風呂敷画商に毛の生えた程度にすぎなかったが、3年目に入ったところで業績が上向きはじめた。

筆者紹介

八起会 会長
株式会社ノグチプランニング 代表取締役
野口 誠一

【野口 誠一氏プロフィール】

昭和5年 東京生まれ、日本大学卒業。
昭和31年 25歳で玩具メーカーを設立し、従業員5名・月商150万円でスタート。
わずか5年で従業員100人・年商12億円を売り上げるまでに成長させる。
しかし、ドルショックと放漫経営がたたり、昭和52年に倒産。自宅や工場などの全資産を処分して負債を処理し、会社を畳む。
翌53年、倒産経験者同士が助け合う倒産者の会設立を呼び掛け、『八起会』を設立。
弁護士や税理士、再起に成功した会員らが無料で電話相談に乗る『倒産110番』を開設。
再起・整理などの実務的なアドバイスや経験談を交えた人生相談を無料で奉仕している。
昭和59年 株式会社ノグチプランニングを設立し、再起をはかり、執筆活動や全国各地で講演活動を展開している。

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