八起会・倒産110番

第250回:不渡りとなった「手形」

 やがてバブルがはじけた。地価・株価が底なしに下がっていく。景気は冷え込み、中小企業がバタバタ潰れていく。Nさんの医薬品販売も例外であるはずはなく、じりじりと売り上げが落ちていく。

 そうなると、自宅と薬局を合わせた7000万円のローンが重くのしかかる。銀行に付き合ったばっかりに...とグチも出るが、いまさらどうにもならない。

 そんなところへ突然、Aが訪ねてきた。Aは勤めていた病院を3年前に辞め、いまは診療所を開いているという。その間は没交渉になっていたが、Aが「自分のところの余った薬を引き受けてくれないか」という。

 大恩あるAの頼みとあれば、断るわけにいかない。Nさんは二つ返事で引き受け、販売にまわした。それを機に、Aがちょくちょくやってきては「この手形を割り引いてくれないか」などと頼むようになったが、Nさんはそのたびに割ったり裏書きしたりと協力していく。その手形は期日までにきちんと落ちていた。NさんがAを信用したことは言うまでもない。


 そして1年ばかり経ったある日、Aが来て「営業上の見せ金が要るんだ。手形を振り出してくれないか」という。Aを信用しきっていたNさんは、奥さんの名義で300万円の手形を切った。むろん奥さんには内緒である。

 が、こともあろうに、その手形が不渡りとなった。Nさんはただちに電話を入れたが、Aは出ない。診療所へ行ったらシャッターが下りている。Aのマンションはもぬけの殻。その日からAはプッツリと消息を絶った。

 2日後、金融ブローカーの男たちが4人、奥さんの薬局に押しかけ、「300万円出せ」とすごむ。事情を知らない奥さんは仰天して警察に助けを求めるが、警察は「民事不介入」を理由に見て見ぬふり。いよいよ転落の始まりである。

筆者紹介

八起会 会長
株式会社ノグチプランニング 代表取締役
野口 誠一

【野口 誠一氏プロフィール】

昭和5年 東京生まれ、日本大学卒業。
昭和31年 25歳で玩具メーカーを設立し、従業員5名・月商150万円でスタート。
わずか5年で従業員100人・年商12億円を売り上げるまでに成長させる。
しかし、ドルショックと放漫経営がたたり、昭和52年に倒産。自宅や工場などの全資産を処分して負債を処理し、会社を畳む。
翌53年、倒産経験者同士が助け合う倒産者の会設立を呼び掛け、『八起会』を設立。
弁護士や税理士、再起に成功した会員らが無料で電話相談に乗る『倒産110番』を開設。
再起・整理などの実務的なアドバイスや経験談を交えた人生相談を無料で奉仕している。
昭和59年 株式会社ノグチプランニングを設立し、再起をはかり、執筆活動や全国各地で講演活動を展開している。

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