物流ウィークリーヘッドライン
Aは実に人脈の広い、政治力のある男だった。NさんはAの紹介で、次々に新規の病院へ販路を拡大していく。むろんそこにリベートは絡んだが、そんなものは痛くも痒くもないほど売り上げは伸び、つれて業績も急拡大していった。NさんがAに感謝したことは言うまでもない。
しかし、この幸運がNさんにとってよかったかどうか、そこはわからない。経営者は苦労を重ねながら真の経営者になっていく。
30歳そこそこの若さで、ラッキーとリベートで成功しては、逆に、真の経営者になる機を失したと言ったほうが正しいかもしれない。事実、Nさんの好調は数年続くが、彼はそれを自分の経営手腕と錯覚した。
そしてもう一つ、その当時、日本経済がバブルのまっただなかにあったという事実も見逃せない。株価は青天井で4万円に肉薄し、土地は「土一升・金一升」とばかりに急騰していく。あらゆるモノが売れ、誰もが儲かり、景気は過熱し、沸騰した。
医薬品とて例外ではない。病院は高齢者のサロンと化し、患者はどっさりと薬を渡され、「日本人の薬好き」と揶揄されるほど薬が消費されていく。
かくしてNさんの経営は絶好調が続くが、それをバブルのなせるわざとは気付かなかった。彼だけではない。バブルがはじけるまで誰も気付かなかった。なかには本業そっちのけで財テクや土地転がしに走る経営者も少なくなかった。
Nさんのところにも毎日のように銀行がやってきて、「株を買え」「土地を買え」「金はいくらでも貸す」とうるさい。Nさんも「付き合い」とばかりに金を借り、自宅を建て、ついでに薬局を開き、経営は薬剤師の奥さんに任せた。
その借金7000万円は小さくなかったが、いまの経営が続く限り問題はない。が、思惑通りにいかないのが経営である。