八起会・倒産110番

第240回:増え続ける赤字と借金

 Yさんの「浮き」は長く続かなかった。6年目、思わぬ方向から「沈み」が襲ってきた。肝心の毛布メーカーが突然、財閥系の大手繊維メーカーに吸収されてしまったのである。これで万事休す。独立した販売会社として営業してきたYさんら全国150人の仲間は、いきなり廃業の淵に立たされた。

 相談を重ねた結果、廃業組と分社組に分かれることに決した。26県のうち14県が廃業組、12県が分社組である。

 分社組はそれぞれ独立して会社を興し、共同で商品を仕入れ、ビジネスを続けようという組である。Yさんも分社組に加わった。銀行から資金を借りて会社を設立し、社員も2人雇った。ときに40歳、曲がりなりにも経営者である。

 初年度の売上高は1億円。まずまずのスタートである。2年目、3年目と順調に伸びていく。が、4年目に入ったあたりから伸びが止まった。やがて月商が下落に転じていく。Yさんは扱う商品を毛布だけでなく、シーツや枕カバーなど寝具全般に広げ、懸命に下落を食い止めようとするがどうにもならない。

 時代はバブルに入っていた。経済は爛熟し、資産効果にあおられた消費者は高品質、差別化商品へ走り、少品種大量生産の時代は確実に終わりつつあった。そんなときに画一的な毛布やシーツなど、売れるはずもない。まして、病院や市役所にパンフレットを置いて注文を待つ販売方法など通用しない。Yさんはその時代認識に欠けていたかもしれない。

 バブルは超インフレを意味する。そんなときに年商の横ばいや低下では経営が成り立たない。Yさんはそのシグナルに気付かなかった。したがってもがく。が、もがけばもがくほど赤字と借金がふえていく。その先は倒産しかない。

筆者紹介

八起会 会長
株式会社ノグチプランニング 代表取締役
野口 誠一

【野口 誠一氏プロフィール】

昭和5年 東京生まれ、日本大学卒業。
昭和31年 25歳で玩具メーカーを設立し、従業員5名・月商150万円でスタート。
わずか5年で従業員100人・年商12億円を売り上げるまでに成長させる。
しかし、ドルショックと放漫経営がたたり、昭和52年に倒産。自宅や工場などの全資産を処分して負債を処理し、会社を畳む。
翌53年、倒産経験者同士が助け合う倒産者の会設立を呼び掛け、『八起会』を設立。
弁護士や税理士、再起に成功した会員らが無料で電話相談に乗る『倒産110番』を開設。
再起・整理などの実務的なアドバイスや経験談を交えた人生相談を無料で奉仕している。
昭和59年 株式会社ノグチプランニングを設立し、再起をはかり、執筆活動や全国各地で講演活動を展開している。

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