物流ウィークリーヘッドライン
独立へ向かって夢ふくらむさなか、Yさんは肺結核に冒され、療養所生活を余儀なくされていく。まだ25歳という若さである。
幸い病気は少しずつ快方に向かい、2年を経過したところで軽作業療法に切り替えられた。そしてさらに2年、患者の自治会書記長を務めながら療養を続け、ついに全快に漕ぎ着けた。が、彼は独立を夢みた水道工事関係の仕事には戻らず、そのまま療養所関係の仕事に従事していく。
転機が訪れたのは34歳のときである。それは療養所時代の知人からもたらされた。その頃、大阪に本社を置く大手毛布メーカーが、主力取引先の倒産で販路を失い、全国に直販の販売網をつくる計画を立てていた。その販売網づくりに参加しないかという誘いである。
Yさんは熟慮の末、参加を決意した。それなりに確信もあった。この数年、療養所関係の仕事に携わったおかげで、全国の病院や療養所に人脈網がかなり広がっている。その人脈を活用して職域販売に徹すれば、成功の可能性はある。それが彼の確信だった。
さっそくYさんは人脈をたどって全国へ飛んでいく。北海道から九州まで精力的にまわり、たちまち26の県に営業拠点と総勢50人のスタッフ体制をつくり上げた。やはりモノを言ったのは人脈である。病院長や組合関係者の協力を得て、市役所の総務課や病院・療養所の厚生部にパンフレットを置いてもらい、あとは注文を待つだけである。
これは図に当たった。驚くなかれ、初年度だけで全国売り上げ44万枚を達成した。こうなると50人のスタッフではさばききれない。翌年、150人に増員した。それでも毛布は飛ぶように売れ、それから数年、絶好調が続く。Yさんに再び「浮き」のときが来たのである。