八起会・倒産110番

第239回:人脈たどって絶好調

 独立へ向かって夢ふくらむさなか、Yさんは肺結核に冒され、療養所生活を余儀なくされていく。まだ25歳という若さである。

 幸い病気は少しずつ快方に向かい、2年を経過したところで軽作業療法に切り替えられた。そしてさらに2年、患者の自治会書記長を務めながら療養を続け、ついに全快に漕ぎ着けた。が、彼は独立を夢みた水道工事関係の仕事には戻らず、そのまま療養所関係の仕事に従事していく。

 転機が訪れたのは34歳のときである。それは療養所時代の知人からもたらされた。その頃、大阪に本社を置く大手毛布メーカーが、主力取引先の倒産で販路を失い、全国に直販の販売網をつくる計画を立てていた。その販売網づくりに参加しないかという誘いである。

 Yさんは熟慮の末、参加を決意した。それなりに確信もあった。この数年、療養所関係の仕事に携わったおかげで、全国の病院や療養所に人脈網がかなり広がっている。その人脈を活用して職域販売に徹すれば、成功の可能性はある。それが彼の確信だった。

 さっそくYさんは人脈をたどって全国へ飛んでいく。北海道から九州まで精力的にまわり、たちまち26の県に営業拠点と総勢50人のスタッフ体制をつくり上げた。やはりモノを言ったのは人脈である。病院長や組合関係者の協力を得て、市役所の総務課や病院・療養所の厚生部にパンフレットを置いてもらい、あとは注文を待つだけである。

 これは図に当たった。驚くなかれ、初年度だけで全国売り上げ44万枚を達成した。こうなると50人のスタッフではさばききれない。翌年、150人に増員した。それでも毛布は飛ぶように売れ、それから数年、絶好調が続く。Yさんに再び「浮き」のときが来たのである。

筆者紹介

八起会 会長
株式会社ノグチプランニング 代表取締役
野口 誠一

【野口 誠一氏プロフィール】

昭和5年 東京生まれ、日本大学卒業。
昭和31年 25歳で玩具メーカーを設立し、従業員5名・月商150万円でスタート。
わずか5年で従業員100人・年商12億円を売り上げるまでに成長させる。
しかし、ドルショックと放漫経営がたたり、昭和52年に倒産。自宅や工場などの全資産を処分して負債を処理し、会社を畳む。
翌53年、倒産経験者同士が助け合う倒産者の会設立を呼び掛け、『八起会』を設立。
弁護士や税理士、再起に成功した会員らが無料で電話相談に乗る『倒産110番』を開設。
再起・整理などの実務的なアドバイスや経験談を交えた人生相談を無料で奉仕している。
昭和59年 株式会社ノグチプランニングを設立し、再起をはかり、執筆活動や全国各地で講演活動を展開している。

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