物流ウィークリーヘッドライン
毎日金づくりにひきまわされてはたまらない。逃げよう。逃げるしかない。暴力金融の車から解放された直後、Nさんはそう決心した。しかし、このまま逃げては奥さんに害が及ぶ。彼は奥さんと離婚の形をとり、落ち着いたら迎えにくると約束し、その夜のうちに東京を出た。地獄の始まりである。
倒産だけならまだしも、夜逃げとあっては、おいそれと仕事が見つかろうはずもない。数日後、ようやく横浜の中華街で店員募集の貼紙を見つけ、Nさんは一も二もなくとび込んだ。住み込みで、仕事は皿洗いなどの下働きである。
これがけっこうきつい。しかしそれよりも辛かったのは、20歳そこそこの若手店員たちに怒鳴られ、小突かれ、役立たず呼ばわりされることだった。曲がりなりにもこの間まで社長と呼ばれた身である。中央官庁と取引した身である。そこを思うとくやし涙が止まらない。ついに耐えきれなくなり、わずか3か月で逃げ出した。
倒産者が最初につまずくのがここである。人を使う身と人に使われる身では天地の開きがある。が、そこを乗り越えなければ再起はない。その後もNさんは日本料理屋の下働き、カレーショップの店員、ファストフードの店員と次々に職場を変えていく。
社長だった過去を断ち切れず、どこも長続きしなかった。3年目、大衆食堂の店員となったところでようやく落ち着いた。そして3年、爪に火をともすようにして蓄えた資金で小さな店を借り、食べもの屋を開いた。
Nさんは5年ぶりに奥さんを迎えに行った。が、奥さんは復縁する意志はないという。彼のショックは並大抵ではなかった。しかし5年もの間、連絡さえしなかったのだから無理もない。Nさんはあきらめるしかなかった。彼同様、奥さんにも理不尽な5年だったに違いない。