物流ウィークリーヘッドライン
自転車操業は受注が減れば、とたんに苦しくなる。それに比例して赤字と借金だけは確実にふえていく。それまでは早期、現金収入の官庁取引とあって、製造業者にも現金決済をしてきたが、ついにそれも不可能になった。
手形を切るようになったら会社は終わり、と心に戒めてきたNさんだったが、とうとう手形を切らざるを得ない事態に追い込まれた。官庁にコネをつけてくれた友人たちも、「もう見切りをつけたほうがいい」と忠告してくれたが、彼はなおも社長のイスにしがみつく。そして、ついにそのときがやってきた。
創業して5年目の平成5年11月、下請けのスチール製品製造会社があっけなく倒産してしまった。Nさんはその下請けに600万円ほど手形を切っていた。が、そのときNさんは、下請けがその手形を暴力金融に持ち込んでいるとは知る術もなかった。
さらに悪いことに、Nさんはその下請けに製品を発注済みだった。なおも経営を続けるとすれば、その発注分を別の会社に振り替えなければならない。が、すでに借金だらけのNさんに、そんな余裕はなかった。そしてついに不渡りを出し、あえなく倒産を余儀なくされる。
だが、Nさんの本当の地獄はここから始まっていく。いきなりサングラスの3人がやってきて、Nさんが振り出した額面300万円の手形を出し、いますぐこの場で払えとすごむ。が、Nさんにそんな金などあろうはずもない。といって彼らが許してくれるはずもない。
結局その日、Nさんは彼らの車に押し込まれ、「とにかく金をつくれ」の一点張りで脅され、都内をひきまわされた。知人やサラ金をまわり、30万円ほどつくったその夕方、ようやく解放されたが、彼らは「明日もくる。300万円になるまで毎日くる」と言い残して去った。そのとたん、Nさんを言い知れぬ恐怖が襲った。