八起会・倒産110番

第230回:崩れた経営バランス

 絶好調の波に乗ったWさんは昭和58年、一流企業が集まる工業団地へ工場を移設した。300坪の土地に50坪の工場を建て、毎年20坪ずつ増築していく。社員も20人に増え、年商は5億円に達していた。創業以来わずか5年で、この快挙である。

 しかし、これも一つのプロセスにすぎなかった。その後も塩分なしのニンニク、ショウガ、コショウなどを手がけ、商品群の充実を図りながら得意の営業も精力的にこなし、なおも売り上げ倍増路線を突っ走っていく。

 こうしてWさんの経営手腕は冴えに冴え、平成7年に新工場を建設したとき、売上高は30億円、社員40人という規模に達していた。これはむろん西日本では業界トップ、最大手である。ここまでの急成長は、ほとんど奇跡と言っても過言ではない。が、ここがピーク、彼の経営はこのあと2年しか続かなかった。

 その原因は抽象的にいえば急成長のひずみであり、具体的にいえば営業第一主義、規模の拡大重視、売り上げ至上主義の3点セットである。つまり、急成長のなかでいつの間にか経営のバランスが崩れていたのである。あるいは、急成長を支えた構造そのものが、逆に経営を振り回したと言ったほうが正しいかもしれない。

 Wさんは抜群の営業センスに恵まれていたが、いかんせん計数管理に暗かった。その分野はエキスパートに任せっきりで、自分は得意の営業活動に没頭し、ひたすら売り上げの拡大を目指した。要するに、会社の現状と全体像を数字で把握するのではなく、売り上げさえ伸びていれば利益も上がっているはず、というアバウト経営だった。会社の規模が小さい間はアバウト経営でもなんとかなるが、年商30億円となっては通用しない。

筆者紹介

八起会 会長
株式会社ノグチプランニング 代表取締役
野口 誠一

【野口 誠一氏プロフィール】

昭和5年 東京生まれ、日本大学卒業。
昭和31年 25歳で玩具メーカーを設立し、従業員5名・月商150万円でスタート。
わずか5年で従業員100人・年商12億円を売り上げるまでに成長させる。
しかし、ドルショックと放漫経営がたたり、昭和52年に倒産。自宅や工場などの全資産を処分して負債を処理し、会社を畳む。
翌53年、倒産経験者同士が助け合う倒産者の会設立を呼び掛け、『八起会』を設立。
弁護士や税理士、再起に成功した会員らが無料で電話相談に乗る『倒産110番』を開設。
再起・整理などの実務的なアドバイスや経験談を交えた人生相談を無料で奉仕している。
昭和59年 株式会社ノグチプランニングを設立し、再起をはかり、執筆活動や全国各地で講演活動を展開している。

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