物流ウィークリーヘッドライン
平成3年、Fさんは会社整理を決意した。赤字がかさみ、借金だけが増えていくなかで、これ以上は無理と判断してのことである。その時点で、Fさんの負債は4億円ほどに達していた。
一方、資産のほうは3億円の自宅と1億円の工場しかない。計算上はツーペーになるが、自宅と工場は購入したときの価格だから、いくらで売れるかわからない。すでにバブルははじけ、不動産の流動性にかげりが生じつつあった。
Fさんはメーンバンクに相談した。メーンバンクとて一円でも多く回収したいから、放っておけない。「どうしても会社を整理するとおっしゃるなら、お手伝いしましょう。自宅と工場の売却はお任せ下さい。できるだけ高く売ってさしあげますよ」ということになり、Fさんの会社整理は銀行主導で始まった。
そして平成3年暮れ、自宅が2億5000万円、工場が6000万円で売れた。その3億1000万円で金融機関や手形関係、それに大どころの借金はほぼ片付いた。
しかし、小さな負債が合わせて12社、4000万円ばかり残った。が、幸い機械類が約2000万円、在庫が1000万円ほどあり、私的整理に耐えられると思ったFさんは、4000万円の負債のうち3000万円を占める筆頭債権者に詫びを入れ、私的整理を頼んだ。
すると、筆頭債権者は「わかった。私が債権委員長となってみんなを説得しよう。みんなだって、あなたに儲けさせてもらったこともあるんだから、きっとわかってくれるよ」と、2つ返事で引き受けてくれた。
Fさんの私的整理は何の問題もトラブルもなく、スムーズに運んだ。上手な整理と言っていい。が、それがかえってFさんを苦しめ、再起を遅らせていくのだから皮肉としか言いようがない。