物流ウィークリーヘッドライン
Fさんは昭和40年、28歳のとき、それまで勤めていた文具問屋を辞め、東京都荒川区に文具・玩具の企画・販売会社を設立した。奥さんと2人だけの出発で、自分の企画した文具や玩具を下請けにつくってもらい、それを問屋や小売店に卸す商売だった。
細々とした立ち上げだったが、若いFさん夫婦には豪邸を建てるという夢があった。その夢に向かって、Fさん夫婦は汗まみれになって働いた。その甲斐あって、業績のほうも年々少しずつ伸びていった。
やがて僥倖が訪れる。輸出のトビラが大きく開いたのである。とりわけアメリカ向けが絶好調で、作るかたわらから売れていく。つれて業績もうなぎのぼりに飛躍していく。そうなると、下請けだけでは到底間に合わない。
Fさんは土地を買い、工場を建て、機械を導入し、人員を増やした。といって、一気の拡大ではない。慎重な性格のFさんは、設備投資も人員拡充も経営の重荷にならないように、徐々に着実に、あくまでも堅実経営に徹していく。
こうしてアメリカ市場に支えられ、Fさんは企画、製造、販売(卸・輸出)と、業態を整えながら業容を拡大していく。
そして、ついにそのときがやってきた。長年の夢だった3億円の豪邸が建ったのである。この前後の数年がFさんの経営ピークだった。年商4億円。パートを別にして正社員だけで10人。Fさんは業界の中堅どころまでのし上がった。
その最大の要因は輸出の好調である。これはFさんの営業努力によるものではない。いわば他力本願である。他力本願の怖いところは、どうしても現状認識が甘くなるところである。僥倖と言っていい輸出の好調が、いつまでも続くものと錯覚しがちなことである。そこに危機感はない。堅実経営を心がけてきたFさんも、いつしか脇が甘くなっていった。