物流ウィークリーヘッドライン
義母トリオに経営権を握られ、金策だけの社長にされたHさんは、たまりかねたか、ある日、出入りの税理士に実情を問うた。と、彼はニヤニヤして答えないばかりか、「そんなこともわからないで社長が務まるんですか」といわんばかりの顔をする。後でわかったことだが、彼もまた義母トリオとグルだったのである。
思いあまったHさんは、取引銀行の「なんでも相談」に赴き、恥をしのんで会社の実情と自分の窮状を訴えた。ところが、それがヤブ蛇となる。担当者の態度がガラッと変わり、アドバイスどころか「融資ストップ」を宣告されてしまったのである。
以後、Hさんの綱渡りのような資金繰りが始まる。融資の道はとだえても、次々にまわってくる手形は消化していかなければならない。
Hさんは国民金融公庫、商工中金、東京都の融資、区の融資と、借りられそうなところは軒並みにかけずりまわった。しかし、そんなHさんに義母トリオは何の協力もしない。それどころか、ネズミが沈没しそうな船からいち早く逃げ出すように、次々に会社を辞めていった。
万策尽きたHさんは、八起会の顧問弁護士のもとで、会社整理に入った。平成9年のことだ。
その後、Hさんは東京を離れ、奥さんの実家・名古屋へ移り、一介の塗装職人として再出発を期した。名古屋はトヨタの企業城下町である。景気回復とともにトヨタ関連企業の仕事が増え、1人ではどうにもならない。
平成15年、Hさんは塗装会社を立ち上げた。2度目の経営である。が、今度は実権のない社長ではない。オーナー社長である。
常用7人、下請け12人の職人をかかえ、名古屋の元気を反映し、目下、Hさんの業績は順風満帆である。