物流ウィークリーヘッドライン
同族経営の2例目はHさんのケースである。彼は愛情の薄い家庭に育った。5歳で実母を亡くし、父が迎えた後妻の手で育てられた。とくに継子いじめされたというわけではないが、やがて弟が生まれると、義母の実子と継子に対する愛情の差は歴然としていた。
Hさんの父親は昭和42年、東京・大田区で板金・塗装の仕事を始め、折りからの高度成長とモータリゼーションの波に乗って順調に業績を伸ばし、同55年には社員28人、年商2億5000万円に達した。
その頃、Hさんの父親は職人を直接、各ディーラーの工場に派遣するシステムをとっていたため、年商2億5000万円でも利益率が非常に高く、それにまだ人件費の安いこともあって、経営的には順風満帆であった。
そんな同57年、Hさんは大学を卒業し父親の会社に入る。やがて弟も入社し、しばらくは平和な同族経営が続いた。
しかし、それも同63年、父親の急死によって均衡が破れる。翌平成元年、長男のHさんが社長を継いだが、実権は義母(専務)、弟(常務)、そして経理を統括する弟の嫁トリオが握り、Hさんは帳簿にすら目を通せず、経営的には完全にカヤの外におかれた。
なぜ、Hさんは対抗しなかったのか。やはり、5歳のときから育ててもらった義母に対する恩義がそれを許さなかったのである。
それでも、Hさんの不満はともかくとして、経営が順調であればさほど問題はなかったのだが、次第に金融機関からの借り入れが増えていった。
借り入れは社長であるHさんの役割である。Hさんは義母トリオの命令のまま、それがどんな資金かろくに知らず、ひたすら金策にかけずりまわった。だが、後でわかったことだが、それらの資金は弟の新築費用や義母の不動産投資にまわっていたのである。