物流ウィークリーヘッドライン
ご多分にもれず倒産後、Dさんも無為と無気力、孤独と絶望に苦しめられた。八起会を訪ねてきたのは、そんなときである。
彼はすぐに入会し、それからというものは1度の欠席もなく、八起会の例会や勉強会に出席し続けた。再起道場の優等生と言っていい。
「1人で悩んだり、くよくよしていた自分が恥ずかしくなるくらい、私以上の悲惨、辛酸をなめながら、それでも頑張っている仲間がいることに、本当に勇気づけられました。私も『何のこれしき、もうひと踏ん張りもふた踏ん張りもしなくちゃ』という気持ちにさせられました」とは、Dさんの述懐である。そこから彼の再起がはじまっていく。が、その方向がほかの例といささか異なる。
プロ野球選手では「名選手、必ずしも名監督ならず」と言う。Dさんも同様である。企画マン、営業マンとしては抜群の資質とセンスを持っているが、それだけで経営者になれるとは限らない。倒産をきっかけにDさんは、そのことを思い知った。とすれば、方向転換せざるを得ない。企画マンのDさんは、自分が社長に返り咲くことよりも「社長をつくること」を企画した。それが娘婿である。
Dさんは自分の半生をかけたDブランドを娘婿に譲り、彼の工場の顧問となり、長年培った技術、ノウハウ、情報をすべてバトンタッチしていく。倒産は経営上の失敗であって、それはDブランドのせいではない。Dブランドには可能性も将来性も十分にある。Dさんの確信はゆるがない。
こうして社長をつくり、経営から解放されたDさんは、セールスの虫の赴くまま、今日はあっちの催事場、明日はこっちのダイレクトセールと、喜々として飛び回っている。そのモットーは「生涯一セールスマン」である。Dさんの例は、こうした再起の道もあることを教えている。