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再雇用 賃下げは違法
2016年5月30日号

再雇用 賃下げは違法

長澤運輸 トラック運送業界に波紋

 「再雇用時に賃金を引き下げることは違法」――。東京地裁で出された判決が運送業界に波紋を呼んでいる。神奈川県の長澤運輸(長澤尚明社長、横浜市鶴見区)を定年退職し、嘱託として再雇用されたドライバー3人が、業務内容が同じであるにもかかわらず、正社員に比べて賃金が安いのは違法だとして、格差の是正を求めた裁判で、東京地裁(佐々木宗啓裁判長)は13日、原告の訴えを認め、同社に対して、ドライバー1人あたり98万円から204万円の支払いを命じた。正社員と再雇用時との賃金格差で労働契約法に違反するとの判断は初となる。同社は16日に控訴している。

 同社は横浜市に拠点を構え、セメント輸送や液化ガスの輸送、食品輸送を手掛ける運送会社。原告のドライバー3人はいずれもタンク車によるバラセメント輸送を担当していた。平成26年3月から9月にかけて、就業規則に従い、60歳で同社を定年退職した後、再雇用の契約を結び、契約期間1年以内の嘱託社員として勤務していた。3人は全日本建設運輸連帯労働組合関東支部(組合員数約200人)の長澤運輸分会に所属している。分会の組合員は原告らを含めて9人。

労働契約法20条

 争点となったのは「労働契約法20条」の違反の有無と、その解釈だ。同条は有期契約労働者と無期契約労働者の労働条件について、不合理な理由で格差を設けることを禁止するもの。不合理かどうかを判断する要素として、次の3点を考慮するよう定めている。①労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度②当該職務の内容及び配置の変更の範囲③その他の事情――。
 原告ドライバーは、「定年退職前と業務内容が同じであるにもかかわらず、再雇用時に賃金が減らされるのは不合理である」と主張。一方、会社側は「定年後に再雇用した有期契約労働者(嘱託社員)と無期契約労働者(正社員)の労働条件に差を設けることは不合理ではなく、定年前と同一の労働条件で再雇用しなければならない法的義務を負うものではない」と主張していた。
 判決では、賃金コストの無制限な増大を回避しつつ、定年到達者の雇用を確保するために、定年後継続雇用者の賃金を引き下げること自体には合理性があると認めるものの、業務の内容(考慮要素①)と配置(同②)が全く変わらないまま賃金だけ引き下げることについては、「社会通念上、企業一般で広く行われているとは認められない」と判断。会社側の「賃金は単純に労働により生み出された成果や付加価値(同一労働・同一賃金)によって決定するものではなく、家族の有無など生活給的な要素を含め、幅広い事情が考慮され決定される」という主張や、「労働条件については組合との協議を重ね決定したものである」という主張を退けた。

長澤運輸は控訴

 同社が、定年後再雇用者の基本賃金の増額や老齢年金の未支給期間に調整給を支給するなど、労働条件の改善を実施してきたことは認められたものの、これらの改善は「会社と組合が合意したものではなく、組合の主張を聞いて会社側が独自に決定したもの」とし、「実質的に協議が行われたとは認められない」と判断した。同様に、原告ドライバーが労働条件に同意したことについては、「条件に同意できないが、雇用契約書を提出しなければ、就労できなくなるのでやむを得ず提出する」と組合を通じて明らかにしていたという、原告ドライバーの主張を支持した。さらに、同社が賃金コストの圧縮を行わなければならない財務状況にはなかったとし、「同社における定年後再雇用制度が賃金コスト圧縮の手段としての側面を有していると評価されてもやむを得ない」とした。

複雑な心境

 今回の判決を受け、労働組合や労働者団体からは「定年後に再雇用された労働者にとっては希望となる画期的な判決」と評価されている。
 一方、運送業界は複雑な心境だ。神奈川県の運送事業者は「年金制度崩壊のリスクや、高齢化社会の問題を民間に押し付けているだけではないか」と憤る。また、首都圏の事業者は「同一労働・同一賃金の画一的な導入は、日本的年功序列の賃金体系の崩壊を意味する」と不安をもらす。安倍晋三首相は「同一労働・同一賃金」について、「必要であれば躊躇なく法改正を行いたい」と方針を打ち出している。運送業界だけにとどまらず、産業界全体に影響を与える問題だけに、今後の動向が注目される。

賃金制度 抜本的改定を
グローアップ社会保険労務士法人 岡本重信氏 山下智美氏


 グローアップ社会保険労務士法人(東京都港区)の岡本重信氏は、「今回の判決理由の中で、裁判長は『コストの増大を避けつつ高齢者の雇用を確保するために、再雇用後の賃金を下げること自体は合理的』としているのは、65歳までの雇用を義務付ける高年齢雇用安定法において、その趣旨が、雇用の継続であり労働条件(処遇)の変更についてまで禁止するものではないことと一致する」と指摘。
 「たしかに、国の雇用保険の『高年齢雇用継続給付金』の設計は、定年後の賃金が定年前の最終賃金の75%以下に低下して支給される設計となっており、この制度を利用しながら、再雇用時の賃下げを当然に、人件費圧縮のためのコスト削減の手段としている会社は多い」という。

処遇決定に不合理ないようにすべき

 「一方で、『同一の仕事内容において、賃金格差があってはならない』とする安倍内閣が実現を掲げている『同一労働・同一賃金』の流れと今回の判決は一致しており、上級審でこの判決が修正されるか支持されるか注目すべき」とする。
 同法人の山下智美氏は、「若く、仕事のスキルや経験が浅いうちは賃金が低く、その後、スキルや経験をあげ、それに従い賃金も上がる体系が構築されているのであれば、定年後の継続雇用で、役職が解かれ部下もいなくなり、業務上の責任が軽減されるという労働条件の見直しは、賃金が下がるという合理的な理由となりうる」と説明。
 しかし、「運送会社の賃金体系は、多くが年齢や経験にほぼ関係なく、若手も熟練のドライバーも『同一労働・同一賃金』の世界。定年後継続雇用となった『有期雇用の労働者』だけ『同一労働・低額賃金』となったことが、労働契約法第20条の『期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止』に触れるとされた。これは、継続雇用時だけではなく、現役世代の賃金制度に、そもそも問題があるのではないか」と疑問を呈する。
 岡本氏は「ドライバーの賃金も、定年時に『所定労働時間を変える』『業務量を減らす』『長距離から地場に変える』などの対応で合理的に変更することは可能と考えられるが、それだけを変更すればよいという単純なものではない。運送会社の賃金制度にもスキルや経験、能力、評価に応じた処遇が決定される仕組みを構築し、ドライバーの処遇決定に不合理のない内容としておくべき」と提案する。
 さらに、「運送業界では、割増賃金の未払いについても労使間紛争が増加しており、2019年から割増賃金の支給率の改正(1か月の残業時間60時間超部分は25%から50%へ)が予定されていることを考えると、そろそろ本気で、コンプライアンスも重視した賃金制度への抜本的改定を考える時期かもしれない」と警鐘を鳴らす。

保険サービスシステム特定社労士 馬場栄氏
労働条件のポイント


 特定社労士の馬場栄氏(保険サービスシステム)は、「今回の例は、全く同一の労働条件なのに賃金をカットしてしまったため、労働契約法第20条に抵触したというところがポイント。給与を下げるなら明確に労働条件を変えるべき」と話す。
 そして「成功例と言ってよいと思うが、ある事業者では定年を迎え、再雇用をする社員には次の三つのコースを提示している。①まだバリバリと働きたいなら、今までと同じ労働条件で同賃金体制②多少賃金は減っても良いので今までよりは少しゆったりと働きたい③小遣い程度の賃金で良いので、少しだけ働かせてほしい――。例えば②や③を選んだ社員には4㌧車から2㌧車に乗り換えてもらい、出来高賃金の計算ベースの金額を抑えるなど、実走を減らして出来高賃金を調節する。この条件にすると、このくらいの給与になると試算例を見せて納得する条件で契約する。
 ただ、深刻なドライバー不足では、「乗る車の大きさを変える場合、今までの車を代わりに動かす人材がいるかどうかでも、実践できない部分もある」と述べる。「いずれにしても、給与を下げるなら労働条件も何らかの見直し・変更をしなくてはいけない」と説明した。

「第20条が生きた」
建交労 鈴木正明書記次長


 建交労の鈴木正明書記次長は、「以前から訴え続けていることだが、2016年の統一要求でも、定年制の廃止もしくは65歳までの雇用継続(定年の引き上げ)と、年齢を理由とした賃金カット・一時金切り下げや強制出向、期間の定めの有無によって同一労働条件にもかかわらず賃金がカットされることに反対している」とし、「同様の訴えは労働者側から度々出されていたが、今まで勝てたことはなかった。2013年に労働契約法第20条が施行され、今回はこの20条がガッチリ生きた」と述べた。
 「この判決では、我々が今まで要求してきた項目がほぼ認められた内容となっている。非常に画期的な判決」と評価した。ただ、「まだ確定した案件ではないので、今後の動向を注意深く見守っていきたい」とコメント。
 また、「労働者側である組合員からの問い合わせも全国から多数来ており、関心度の高さが伺える。それだけになおさら、状況を十分に把握したうえでの慎重な対応が必要と考えている」と語った。