第141回:再起の群像 人間関係からの孤立

 打ち続く不幸と幽囚生活に、Nさんの精神が次第に蝕まれていく。あとでわかったことだが、かなり重度の鬱病に罹りつつあったのである。

 Nさんもその変調には、うすうす気付いていた。体は鉛のように重いし、他人と話すのは苦痛だし、皿を洗いながらも頭の片隅を死の影がよぎっていく。が、いかに苦しくても金はない、健康保険もないでは、医者にもかかれない。

 Nさんから急速に尋常さが失われ、暗い危うい雰囲気が漂っていく。辛くもNさんの自殺を食い止めたのは、皮肉にもタコ部屋暮らしと子供たちの絶縁状だった。

 延べ10時間に及ぶ立ちっ放しの皿洗いに疲れ果て、寮に戻れば同僚たちの眼があり、ただ泥のように眠るしかない毎日がNさんを救った。そして夢に出てくるのは「お父さんは、ぼくたちを捨てた」と泣く子供たちの恨めしそうな顔であり、その顔がNさんを「なんとしても子供たちに仕送りしなければ」と奮い立たせた。

 そして2年余りが過ぎた。Nさんはようやく借金を返し終わり、タコ部屋から解放された。しかし、そのときNさんは廃人も同然だった。

 その後、なんとしても子供たちに仕送りをしなければ…その一念で、Nさんは死にものぐるいに働いたが、住民票もない、保証人もないでは、まともな仕事などない。パチンコ屋の店員、興信所の探偵、ハンドバッグのセールスマンと、職を転々と変えていくが、どれも長続きしなかった。

 元経営者に勤まるような職種でなかったこともあるが、大方の原因は、人間関係の躓(つまづ)きにあった。1円の無駄遣いも許されないNさんは、同僚との付き合いを避け、同僚もまた鬱病からくるNさんの暗い雰囲気を嫌い、いつしかNさんは仲間から浮き上がっていたのである。

2007年8月 7日

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