第125回:再起の群像 「母の励まし」

さて、Uさんは私鉄の踏切で車を止め、エンジンを切り、目を閉じた。と、ここ数日の倒産騒動で、ろくに眠っていなかったこともあり、たちまち深い眠りに落ちていく。そして夢を見た。苦労続きだった母の夢である。

 Uさんの母は、長男のUさんが四歳のとき夫と死別し、その後、行商をしながら3人の幼子を育てた。むろん、人並みの生活などできようはずはない。極端な貧乏暮らしだった。それを見かねた親類が、縁談をもってきた。母は3人の子供を連れて再婚、また次々に3人の子供を生んだ。

しかし、もともと貧乏だったところへ6人の子供を抱えては、養父とて、どうにもならない。今度は養父のほうの親類が「あんな女、たたき出してしまえ」と騒ぎだし、母は離婚されてしまった。行くあても頼るあてもない母は、空き家になっている知り合いの馬小屋をタダで借り、その周りと隙間を丹念に笹の葉で囲い、土間に荒ムシロを敷いて6人の子供とともに引っ越した。

 その日から家畜同然の暮らしが続く。とりわけ馬小屋の冬はこたえた。身を切るような冷たい風が、吹雪が、馬小屋を容赦なく吹き抜けていく。そんな夜は母が一晩中、一人ひとりの子供をまるで親鳥が雛鳥を抱くようにして温めてくれた。

 そんな母が夢に出てきて、「そんなところで死んで、悔しくないかい。もう1度やり直して、子供にピアノを買ってあげなさいよ」と言う。それはたしかに母の声だった。

 Uさんの瞼がはじけた。と、白々と夜が明けている。Uさんは反射的にキーをひねり、猛然とアクセルを踏んだ。そして30メートルばかり走ったところで振り返ると、始発の電車が轟然と通り過ぎて行った。Uさんが踏切でエンジンを切ったとき、すでに終電は終わっていたのである。

2007年4月 1日

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